" 私は、昭和四十六年二月二十七日予算委員会においてこの問題を取り上げた。時の防衛庁長官は中曽根康弘総理であります。最初こう質問をした。まさか、燃やし尽くす、破壊し尽くす、そういうナパーム弾を日本の自衛隊が持っておることはないでしょうねとまず聞いた。そうしたら、そういう事実はありません。あの方は、御承知のとおり、背が高くて手を大きく振って多かれる方です。最初の答弁のときには、ありません、持っているわけがありませんと、大きく手を振って答弁席に来られた。だけれども、私は本当に持ちませんかと念を押した。そうしたら、防衛庁の役人が走って行って何か耳打ちしておった。そうしたら、また中曽根防衛庁長官は手を挙げて、訂正をいたします、六発使用しました。
最初は持っていないと言ったのに、六発使用しました。本当に六発だけですかと言ったら、また防衛庁長官に役人が走って行って何か耳打ちした。中曽根さんは手を挙げて、委員長、そのときの委員長は亡くなられた中野四郎さんです。訂正します、六回使用しました。六発が六回になった。そうして、その六回は展示演習のためにやって、弾は五十発使った。六発が五十発になった。もう訂正しないでしょうねと言った。そうしたところが、顔面蒼白になった。そして、汗がたらたら出てきた。二月二十七日ですから真冬ですよ。真冬に汗が出るというのは脂汗でしょう。ガマのあぶらじゃあるまいし、脂汗です。そして、ぐあいが悪くなって、中野委員長が、長官がぐあいが悪いようだから医務室へやりたい、いいかと言われたから、それは人道問題だからいいですと言った。
そして、その次出てきたのは何です。官房長が何と言った。結局六千発ナパーム弾を持っています。最初持たぬと言ったのが、六発、五十発、六千発、そのうちの四千発はアメリカに返し、二千発、今自衛隊は持っております。議事録を見なさいうそだと思うなら議事録を。そして、ついに中曽根さんは医務室に運ばれたのですよ。自分でうそを言ったから、そうなったんだ。"
最初は持っていないと言ったのに、六発使用しました。本当に六発だけですかと言ったら、また防衛庁長官に役人が走って行って何か耳打ちした。中曽根さんは手を挙げて、委員長、そのときの委員長は亡くなられた中野四郎さんです。訂正します、六回使用しました。六発が六回になった。そうして、その六回は展示演習のためにやって、弾は五十発使った。六発が五十発になった。もう訂正しないでしょうねと言った。そうしたところが、顔面蒼白になった。そして、汗がたらたら出てきた。二月二十七日ですから真冬ですよ。真冬に汗が出るというのは脂汗でしょう。ガマのあぶらじゃあるまいし、脂汗です。そして、ぐあいが悪くなって、中野委員長が、長官がぐあいが悪いようだから医務室へやりたい、いいかと言われたから、それは人道問題だからいいですと言った。
そして、その次出てきたのは何です。官房長が何と言った。結局六千発ナパーム弾を持っています。最初持たぬと言ったのが、六発、五十発、六千発、そのうちの四千発はアメリカに返し、二千発、今自衛隊は持っております。議事録を見なさいうそだと思うなら議事録を。そして、ついに中曽根さんは医務室に運ばれたのですよ。自分でうそを言ったから、そうなったんだ。"
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昭和62(1987)年4月22日、衆議院本会議での楢崎弥之助の発言より。ちなみに、昭和46年2月27日の衆議院予算委員会の議事録を見ると、楢崎の質問にこたえあと中曽根は不自然に沈黙、議事録から消えている。

